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世界の医療団

活動内容
ここで、MSFから分裂する形で設立された世界の医療団についてMSFと比較する形でまとめてみた。
団体名 世界の医療団(MDMと呼ばれる)   Médecins du Monde(フランス語)
スタッフと、事務所とその分布 全事務局ボランティア3000人、海外派遣スタッフ 380人
現地スタッフ 2000人、全事務局常勤有償スタッフ520人、
(MSFのすべてのスタッフは、のべ45000人)
世界の医療団の事務所は15カ国(MSFは27カ国)で、分布は下の通り↓
世界の医療団の事務所とその分布
設立者 ベルナール=クシュネル
(MSFの設立者と同一人物) 
設立年 1980年 
(MSFは1971年なので9年後輩といったところ)
彼らの使命 ・世界中の万人に対する惜しみない治療
  ・医療活動の障害、人間の尊厳を侵すものに対する証言
   (MSFとほとんど類似) 
活動内容 ・ニーズに合わせた支援プロジェクト
・予期せぬ危機に瀕した人々に対する迅速な緊急医療支援
・緊急事態の沈静化に合わせて行われる復旧プログラム
が大きな枠組みとなる。
(MSFは緊急援助活動に特化しているのに対し、世界の医療団は「支援」に特化している)

"MSF"と"MDM"の違い

  文字の並びからはまるで兄弟であるかのようなこの2組織。
ただし微妙に違う点、明確に違う点が存在する。

・MSFの活動資金は100%民間から拠出されてるのに対し、MDMは約35%公的機関からの援助がある


・MSFは緊急援助活動に精力を注いでいるが、MDMは援助から復旧までの特定の地域の一連の流れに寄与している


→MSFは”緊急援助を必要とする地域に迅速な支援を施す”のでMDMよりも危険性が高い?

"MSF"と"MDM"が分かれた経緯

  MSFとMDMが分裂する発端となったのが1980年の

ベトナムのボートピープルによる南シナ海への流出問題
である。
ポートピープルとは
ポートピープルとは、ベトナム戦争の時に旧ベトナム共和国から亡命した人々のこと。
彼らの多くは南シナ海の船が混雑する地域に逃走ルートをもうけ、運がいい人は行き交う貨物船などに救助され、香港、マレーシア、タイやフィリピン などに到着し、亡命を成功させたが、不運な人は船に見つけられることなく何ヶ月も飢えと渇きに苛まれたり、ひどいケースとして海賊に残虐行為を けて惨殺されることもあったという。
1980年にMSFは彼らの救助をたすけようとするが...
MSFとMDM
という彼らの対処の姿勢に明らかな相違がみられ、結果的に分裂することとなってしまった。

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